1920年(大正9年)2月2日に、バスガールが東京の乗合自動車に初めて登場した(お目見えした)ことに由来する。バス運行会社は、東京市街自動車株式会社。
1920年2月3日の「東京日日新聞」に「洋装で納つた女車掌、一昨日から市街自動車で執務」と記事が掲載された1。また、1月15日から自動車教習所で練習中だった女車掌37名は31日に卒業し、2月1日に男車掌付き添いで実地練習を行ったとある。
東京市街自動車株式会社は、1919年12月下旬から「婦人車掌」募集の広告を新聞に出稿していた2 3。
この日を「バスガールの日」としている書籍等は調査したが発見できず(2000年以前)。
読売広告社年史編纂室 編『案内広告百年史 : 広告からみた世相』,ダヴィッド社,1970. ↩
朝日新聞 1919年(大正8年)12月28日 東京 朝刊 4ページ↩
大原社会問題研究所 編『日本労働年鑑』第1巻 大正9年版,法政大学出版局,1920.↩